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黒又山(クロマンタ)まとめ 2

Jundo Ishiiさんの動画まとめ
※ヨウツベをyoutubeに変えてください。


①クロマンタに招かれた者達
https://www.ヨウツベ.com/watch?v=k-bkjcRfTng&t=390s

黒又山は標高280mの小さな山。
昭和初期、ピラミッドは日本由来のものと竹内巨麿のブレーンの酒井勝時が言った。
竹内巨麿がクロマンタ、尖山、キリストの墓などの神秘を発表した。
ピラミッドの定義は三角形、太陽石、祭祀用の施設。クロマンタをピラミッドだと言った。
1992年、民間で調査される。
地中レーダー調査で、階段式ピラミッドだとされた。
翌年、クロマンタレポートが出版された。
クロマンタは環太平洋型のピラミッド。
山頂部に人為的な平坦加工があり、祭祀用の続縄文土器を発見。
頂上部の社殿の礎石や囲炉裏の組石の多くは、大湯環状列石と同じ安久谷川のもので配石遺構が作られていた。
山自体は自然に形成されたものだが、頂上部は人為的平坦化によって露出したもの。
クロマンタの冬至・夏至ラインを測ると、クロマンタを中心とする太陽信仰が存在していたことが証明できた。
クロマンタ山頂部は石器時代以来の祭祀場で、大湯環状列石の遺跡と同質、同格の施設であり一体。
定説では、915年(平安時代)十和田湖噴火の十和田a火山灰だけが、なぜか東でなく西南に流れたことになっている。
十和田a火山灰の軽石がクロマンタ山頂にあり、あり得ない。
人工的に剥ぎ取られたのは十世紀以降で、縄文時代ではない。
参道から出た線刻石は915年噴火以前につくられたもので、915年噴火説とは相容れない。
クロマンタの山道で、多くの古代文字より古い線刻文字のペトログリフが発見された。
日本の古代文字、エジプトの象形文字、バビロニアのアッカド文字、シュメールの楔形文字、中国の甲骨文字にも先行するもの。
渡辺広勝さんが1009年クロマンタレポート2を発表した。



②地中レーダーで地下室発見
https://www.ヨウツベ.com/watch?v=wBAuP3VUDns

地中レーダー技師、渡辺広勝さんが2005年、黒又山山頂部のデータを解析した結果、地下室を発見した。

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渡辺広勝さんは2015年、ツタンカーメンの隠し部屋を発見した方。
データは電波の反射形で、解析習得には30年を要した。
国際的にも有名で、国内調査以外にも、南米ペルーのワスカラン、エジプトなどを調査した。
2009年、再度黒又山を調査。

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データでは、崩壊を防ぐ石組みで、山全体を斜めに構成し、蛇がとぐろを巻くように見えたと思われる。

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構造的に見ても、斜面構造としては堅固なもので、長い年月でも崩壊しない。
1992年の調査で発表されたCG(エジプトのピラミッド状)のようなものではなかった。
(当時、渡辺さんの意見は無視された)

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➂山頂の踏み石は八咫鏡石
https://www.ヨウツベ.com/watch?v=8wwyLrcv1lY&t=2s

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1992年、薬師神社の足元の踏み石が、八葉の人工物だと気づいた。

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その1年前に、バビロンの空中都市で見たバビロンの菊花紋が気になっていた。

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菊花紋とは日本の皇室のシンボルで、菊紋は16枚の花弁が描かれている。
三種の神器の八咫鏡は16の半分の八葉からできている。

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フセイン大統領も十六菊花紋の腕時計をしていた。
記者に聞かれて「イラク・シュメール王朝の紋章だ」と話していた。
渡辺さんがバビロンの菊花紋についてF教授に尋ねると「学者には言いたくても言えないことが山ほどある」と話していた。
拝殿範囲の平坦部分の地表部の構造は、踏み石の円形が中心。

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踏み石はかなり破損しているが、一部に加工面が残っている。

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アンデスの遺跡でも、同じような加工面があった。
この石の加工面と残存する突出部を復元すると八葉の円盤になり、八咫鏡石となる。

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八咫鏡石の下の台座を中心に、西側に放射状に構造があり、円弧状に配置されている。

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放射状の部分に石棒が立つように、すり鉢状の窪みが存在した。
下の台座は上の八咫鏡石と同じように、八面の突起が上を向いていて、シャコガイのように八咫鏡石をはめ込んでいた。

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台座の内側は石室の異なる石で、鏡のように磨かれていた。
海外でこれと同等のものを見つけることはできない。クロマンタ独自のものだと考えられる。
クロマンタには地下室があり、頂上には八咫鏡石があり、頂上はゼロ磁場。
ゼロ磁場は気場とも呼ばれ、東洋医学の気の出入り口、経穴(ツボ)のようなもの。世界のパワスポはゼロ磁場。
小林世征氏の透視では、地面のすぐ下には強く透視しなくても石の建物が埋まっているのが分かる。
上ってきた人たちが列をつくって入っていくのが見えた。
古い時代ほど、大勢の人が来て活気に満ちていた。(2006年ムーの現地調査)
全ての核心部分は、今も噴き出しているエネルギー。
ここは、治療所、健康センターのような施設だったと思う。
フランスの「聖地ルルド」と同じような場所で、癒しを求め、多くの人々が遠くから集まった。
古代は祭り事が政治の方法。神を地上にお迎えする、魔物が入れない聖域を神籬(ひもろぎ)と言った。
大湯環状列石では緑の石が、クロマンタは八咫鏡石が神籬であった。
巫女が天上の神のお告げを得る。クロマンタにも若い巫女がいた。
クロマンタと大湯環状列石は一体で、同質、同格の施設。石器時代以来の祭祀場。

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④クロマンタライン
https://www.ヨウツベ.com/watch?v=RxVs-4TVRpc

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クロマンタラインは南の草木神社からクロマンタを通って北のクロ森山へのほぼ南北のライン。
おだやかな草木村は鹿角三大伝説(八郎太郎・錦木塚)の若者が育った場所。中心部に草木神社がある。
クロマンタラインは草木神社の西側の窪地を通っていた。調査ではわずかに痕跡があった。

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大湯温泉地区の西南に斜面が水晶のように屈折した鹿倉山があり、頂上は中世の館跡で、神楽薬師は中腹にある。

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神楽薬師は、人工的に山の先端をずらし、斜面を屈折させた場所にある。
太古の信仰の造詣だった。

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黒森山は大湯温泉を見下ろし、山頂付近に黒森山神社があり、山麓には縄文遺跡群がある。
山頂には祠もあり、等高線は不自然な箇所がある。

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かつて大湯スキー場があり、丸印の辺りがいつも雪が少なく溶けやすかった。

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黒森山が神奈備山とすれば納得できる。神奈備山とは、神が居ます山、神ば隠る山という意味。

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黒森山と草木神社の距離は約5500mで、黒森・クロマンタ・鹿倉薬師対比が2対1なので、5500mを2倍にしてみると、経度1度の距離とほぼ一致する。

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赤道の経度1分の距離は、111000m、i分は1843mで、草木神社からクロマンタ1875m、クロマンタから黒森山は2倍の3625mでほぼ同じ。
経度は場所によって変わるので、補正が必要。赤道の経度に補正したことになる。

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クロマンタラインの草木神社の西側の窪地には斜面があり、半円筒型だった。(現在は廃棄物で埋められている)
ライン上の先に南北の長方形の水田があり、その北側は竹を斜めに切ったような形をしていて、斜面の半円形と同じ。

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地中レーダー探査を行った結果、柱の残存を示す柱穴の跡が並んでるのが見られた。

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1980年大林組を中心とし、出雲大社はかつて高さ48mの巨大神殿は当時でも作ることができると証明され、2000年、地中の発掘調査で巨大な柱が発見され、実証された。
草木神社の柱跡が出雲大社のような巨大神殿で、ここからカタパルトのように大型の花火が黒森山に飛んだ。
カタパルトはパチンコのように引っ張って、離すと飛ぶ装置のこと。



⑤クロマンタはオーパーツ 鉱体電池の超科学
https://www.ヨウツベ.com/watch?v=ZIJiYAn9zH8&t=269s

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ピラミッド黒又山とし、山頂付近に何やら不思議な筋状の雲のようなものが浮かび、「突如光芒が現れる」と記されている。
山頂の薬師神社が、過去2度に渡って不審火で焼失している。
1995年、クロマンタ頂上の発掘地盤の中に、すり鉢状の窪みが現れ、夜間に雨が降り、窪みの中に青黒鉛色の土質変化を観察。
鉱体電池理論との出会いで、クロマンタの構造が推測できた。
鉱体電池理論とは、山自体が電池の働きをすること。

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硫化鉱物を含む岩盤は、風化を通じて永久的に新鮮な水を提供する。
雨水には溶存酸素が含まれ、地下を浸透すると鉱脈である硫化水素(卵の腐った臭いのこと)と接触し、酸化させる。
浸透する雨水が深くなるほど、溶存酸素が少ない状態となり、電位差が発生し、上から下に電流の流れをもたらす。

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電流は周囲の母岩内を伝わり、外部に放電され、電流中心部にマイナスの電極を発生させる。
乾電池の構造と同じ。地下を巡る火のラインと繋がる。

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マグマラインの地電流は波長が長いので、受電として最適。電流を得て放電するとマイナス電荷の区域を作る。
マイナス電荷による生体活性化ができることになる。クロマンタはこの知識で機構的に作られた可能性がある。(ホスピタル・癒し機能)

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地下の岩盤層の境では絶えず接触電流が発生している。日本は複雑なプレートがぶつかり合う場所で特に発生が多い。地電流といい、計測により確認されている。

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火のラインは地球内部を血流のように流れ、常に地球の波動を一定に維持するよう巡っていると思われる。
日本の火のライン(マグマライン)の中心は富士山。

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マイナス電極ではマイナス電荷が飽和に達し、周囲にはプラス電荷が漂っている。反応して電気的放電を空中で発生させ、
弱ければ紫雲、強ければ雷と成る。

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浸透した水は、溶存酸素がほどんどない純水で、H2Oなら水として化学反応がない腐敗しにくい水となる。
岩盤が良ければ、さらに人に感触の良いミネラルなどを含み、良質な水として珍重される。
クロマンタの麓には7つの沼がある。

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母岩から放出する電流を、効率的に山頂中心部に集め、中心部との電位差によるマイナス電位の増大を求めるため、山の斜面に螺旋状に通電性の良い鉱岩石を敷くことが有効。
クロマンタの斜面構造はこのためだった。
クロマンタは、他の類似する山に比べ、硫化鉱物岩盤が極めて少ない状態で地下から盛り上がっている。
それは、西側斜面下部で轢層が存在していることから推測でき、溶岩ドームというより、地下から突出した岩盤を中心に、ロームが丘陵体を形成している。
山腹の渦巻き螺旋と見られる配置石が非伝導の石で、突出岩盤付近に螺旋状(蛇のとぐろ)に帯電化した石材を配置し、地電流を帯電化した。

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中心は現在踏み石となっている石材(非伝導の石)で、石は完全に磨かれ緑色に輝いていた。周辺にはすり鉢状の上部構造の石組、または加工石材を円周上に配置し、これにはおそらく磁石石が用いられた。
二つの石は、シャコガイのかみ合いのように組み合わさっているが、この石の組み合わせの意味合いはまだ理解できていない。
クロマンタの基本構造は、発電体、マイナスイオンの作成体としての構造と判断され、太古にそのような科学技術があったとは考えられず、オーパーツと言える。
中国の古典には、始皇帝(BC247-210)の命令で、東海の不老不死の薬を徐福(BC210渡来)と大勢に探しに行かせたとある。
不老不死の薬とは、薬草でも水銀でも金でもなく、クロマンタシステムのことではなかったか。
徐福は2度目の遠征で鹿角に来た。

「➅北は女神地形、南は男神地形」の動画は見当たらず…でした。


by cookiecount | 2021-08-26 14:40 | 歴史考察