イスラエル 4 〜 ブレーキング・ザ・サイレンス ツアー
2017年 11月 01日
イスラエル 2 〜 エリコ・クムラン・マサダ・死海
イスラエル 3 〜 エルサレム 1日目 と テルアビブ美術館
イスラエル 4 〜 ブレーキング・ザ・サイレンス ツアー
イスラエル 5 〜 聖墳墓教会・ヴィアドロローサ・ベツレヘム
イスラエル 6 〜 バンクシーアート巡り(ベツレヘム)とプロジェクションマッピング
さて、この日は相方の念願、ブレーキング・ザ・サイレンスの元イスラエル軍人と一緒に、パレスチナ側を巡る社会派なツアー。1週間前のツアーに申し込もうとしたら、いっぱいだと言われ、今回の旅行を1週間遅らせたのでした。人気ですね。集合場所はエルサレムとテルアビブの2カ所。
Breaking the Silence
このグループについて知ったのは、10年前のこと。イスラエル軍がなぜガザを攻撃するのか、なぜ民間人ばかりが犠牲になっているのか…「何かがおかしい」というざっくりした考えだけがよぎってた頃、イスラエルの元兵役経験者の立ち上げた団体が私たちの間で話題になってました。ジャーナリストの土井敏邦さんが日本に紹介していたのですね。
『沈黙を破る』土井敏邦 - Toshikuni Doi
その頃、私は年2回ほど行く海外旅行に夢中で、世界一周をしている方の珍道中ブログを楽しく拝見してたところ、イスラエルでの出来事を書いたページが衝撃的で、とても悲しくなったのでした。
~パレスチナ自治区2~
この時代は、今考えると気づかないうちに異常な事が起こってたんだと思います。
現在でも異常なことは起きてるのかと思いますが、私も無知なりに勉強して、どこがおかしいのか気づけるくらいにはなった…かも?
9.11からテロ撲滅キャンペーンみたいな流れが起きて、繋がっていったようです。昨今は、テロ自体がヤラセではないかとも言われてます。
宮城ジョージ氏の「戦争がなくならない理由」とその解決策
2001年:9・11
2002年
パレスチナ人への攻撃強める ジェニンでイスラエル・パレスチナの大衝突、パレスチナ人が多数虐殺されると報道
イスラエル軍、アラファト議長のいるラマラを包囲
ブッシュ大統領、「中東和平ロードマップ」を提案
2003年
シャロン、総選挙で圧勝、労働党が政権離脱
いわゆる「アパルトヘイト・ウォール(パレスチナ人隔離壁)」建設始まる
2004年
ガザ地区撤退計画が閣議決定
アラファト自治政府議長死去、後任に穏健派アッバス就任
2005年
ガザ入植地撤退実行
右派からの反対受け新党カディマを結党、直後倒れる
2010年
10月10日、イスラエルで、「新たにイスラエル市民権を取得する者にユダヤ人国家に忠誠を誓わせること」という法案が可決された。翌日には、ネタニヤフ・イスラエル首相がパレスチナ自治政府に対して、「占領地への入植凍結の見返りに、イスラエルをユダヤ人国家として承認せよ」と要求した。
「ユダヤ人の国イスラエル」のアパルトヘイト性
ブレイキング・ザ・サイレンスの主催者の方によると、命令を守り、軍隊での事を誰にも話せず、非人道的な任務で心が疲れてしまったイスラエルの若者は、罪悪感を背負ったまま、癒されるため世界へ旅に出るのだそうです。鬱病になったり、自殺してしまった友達もいたとのこと。18歳でモラルのない場所にぶちこまれ、自らがしてしまった「悪い事」について、彼らは今も懺悔しつづけている…。これからは自分で判断し、人として少しでも正しい事がしたいという思いが根底にあるのかと思いました。
私は英語がネイティブレベルではないので、分かる範囲で英語の説明を聞いていたのですが、日差しの暑い中、ツアーに参加している白人(ほぼ白人)の若者達が、熱心に質問したり、ガイドの彼の言葉を聞いていたりしたのが印象的でした。
このツアーに参加した日本人の方が、レポートしてくれている記事も見つけました。
"Breaking the Silence"のヘブロン・ツアーに参加して





West BankはA地区(行政、警察ともパレスチナ政府)、B地区(行政はパレスチナ政府、警察はイスラエル軍)、C地区(行政、警察ともイスラエル軍)に別けられ、それぞれ実権を握っている権力が違います。

現在でもヨルダン川西岸地区の主な統治者はイスラエルであり、C地区はA地区、B地区を包囲し、さらに細かく分断するように配置されていて、イスラエルが容易にパレスチナ人の交通を封鎖できるようになっていてます。さらに、C地区でのパレスチナ人の日常生活は大幅に制限されており、家屋・学校などの建築、井戸掘り、道路敷設など全てイスラエル軍の許可が必要。住居建設の許可が下りる事はほとんどなく、イスラエル軍は「違法」を理由にパレスチナ人住居を破壊し、罰金を取り立てている。国連によると、2010年だけで少なくとも198の建造物が破壊され、300人近くのパレスチナ人が強制的に排除された…とか。
結局、パレスチナの人々を追い出したいからいじめる、みたいな事はいまも起きています。ツアーでは、トップ(政府)がいじめるから、いじめてもいいみたいな雰囲気になっているのがいけないという話をしてました。
イスラエル側の入植者がどんなに極悪非道でも、宗教右派でも、パレスチナ人はその行為に耐えていて、入植者の方がバックが強いからか、裁判をしても勝てないらしい。入植者全員がそんな人ばかりでもないようですが。
何故か南アフリカのユダヤ教徒でもないクリスチャンが勝手に入植してきて、勝手に農地を拡大してるという話もあり、パレスチナ人には酷い事してもいいと考えているらしく、いばっているとか。弱者に強く、強者に弱くという構図。
もっと酷い入植者は、家の前を通る通学中のパレスチナの子どもを追いかけては怪我を負わせ、危ないからと付き添っていたイスラエル兵にも怪我させたらしい。狂ってます…。
実際、イスラエル建国前の方が、個人的に約束の地に戻って来たユダヤ教徒と、もともと現地に住んでいたイスラム教徒達は仲良く暮らしていたらしい。どこの国もそうだけど、個人レベルでは問題ないのです。一部の戦いたい人達に引っ張られてしまう…。戦争経済で金儲けしたい人たちの罠に、まんまとハマってしまう。イスラエル政府の極悪非道ぶりに、約束の民は実はパレスチナ人なんじゃないの?って話もあります。
ブレーキング・ザ・サイレンスの主催者たちは、情報規制をしたい政府には嫌われているようですが、今のところ身の危険はないようです。
私たちはヘブロンから南下し、何カ所かのポイントで降りて、説明を聞きました。

小さなオリーブ農園で収穫している大人達の横で、子ども達が楽しそうに遊んでいて、私たちを見つけるなりハローと叫んでいました。いつもの海外旅行なら、子ども達との交流が楽しいのですが、今回はむやみには近づけません。このコ達が、憎しみの心を持ちませんように。幸せなまま暮らしていけますように…。
途中、軍と警察が声をかけてきて、主催者に、カメラが見張ってると注意したりしてました。

さらに、現地のパレスチナ側の話を聞くためスシヤへ。パレスチナ問題というとガザですが、ガザはまた別の問題があって複雑だという話でした。一般人が入るのは難しいようです。

いただいたお茶の美味しかったこと。セージのお茶かな?





ここでは、お土産で、オリーブ石けんやら中東の万能調味料ザータルやらを購入しました。ザタールは、オリーブオイルと混ぜて、パンに塗って食べると美味しいふりかけみたいなミックススパイスです。

ここの人達はイスラエル軍に貴重な水源を奪われ、家を壊されたけど、ドイツのボランティア団体が、家を建ててくれたらしい。
住居として利用していた地下と、破壊されて出来た穴。





主催者は伝える事で現状を沢山の人に知って欲しいと。決して極左という訳ではなく、知ってもらう事で、色んなものが浄化されていくように…。

帰りのバスで、元イスラエル兵達の話をまとめた冊子をいただきました。男性版と女性版がありました。
出ていた雲は、猿の横顔に似て、とてもリアルで、私たちの「学び」を見守っているようでもありました。

この世界はパンドラが箱を開けてから、闇が生まれたと言われます。箱を渡したのは神様だとも。パンドラが箱を開けなければ、すでに世界は終わっていたと。
悪魔がいたから、世界は今も続いている。闇があるから光を経験できる…。そんな経験を繰り返して、私たちはちゃんと賢く学べているんでしょうか。
古代には、暴走し、核爆発で終わってしまった星や、自然がなくなって沈んでしまった、高度文明の大陸があると言われます。

イスラエル建国はユダヤ人達にとって本当に幸せなことだったんだろうか。
ツアーの後は、テルアビブで降ろしてもらい、車でエルサレムに移動。
エルサレムの宿は民泊アプリAirbnbで予約。
シャバット(安息日)なのでいつもの駐車場が閉まってて、駐車場難民になり、ウロウロしましたが、見つけた駐車場は予約した宿の近くで、近所にはに24時間スーパーもあり、便利な場所でした。

