人気ブログランキング | 話題のタグを見る

イスラエル 2 〜 エリコ・クムラン・マサダ・死海

イスラエル 1 〜 イスラエル基礎知識?と エル・アル航空搭乗編
イスラエル 2 〜 エリコ・クムラン・マサダ・死海
イスラエル 3 〜 エルサレム 1日目 と テルアビブ美術館
イスラエル 4 〜 ブレーキング・ザ・サイレンス ツアー
イスラエル 5 〜 聖墳墓教会・ヴィアドロローサ・ベツレヘム
イスラエル 6 〜 バンクシーアート巡り(ベツレヘム)とプロジェクションマッピング

2日目

宿の近所のam:pmというコンビニで、リンゴ2コとガムとアーモンドを購入。
たったこれだけで2,000円くらいしたけど、おかしくない?
1シェケルが約32.5円として、ガムが5.6、アーモンドが16.5、プラスチックバッグ(ビニール袋)が0.1シェケル。てことは、りんご2コで36シェケル?1コ600円ってこと?物価高過ぎじゃいない?って思ったら、隣のスーパーではリンゴ1コ60円くらいでした。コンビニ店員の打ち間違えだろうか…。もう、コンビニで買い物するのはやめよう。

イスラエル 2  〜 エリコ・クムラン・マサダ・死海_e0352641_09281061.jpg

宿でバス停の場所を教えてもらい、バス、電車と乗り継いで空港まで。それぞれ300円くらい。

イスラエル 2  〜 エリコ・クムラン・マサダ・死海_e0352641_09241659.jpg

電車の駅のチケット売り場。無人販売機もあります。

イスラエル 2  〜 エリコ・クムラン・マサダ・死海_e0352641_09244208.jpg

電車の駅構内に突如ピアノが。通りすがりっぽい人が素敵な音色を奏でてました。

イスラエル 2  〜 エリコ・クムラン・マサダ・死海_e0352641_09244988.jpg

空港行きの乗り場は、飛行機マークがついてて分かりやすい。

イスラエル 2  〜 エリコ・クムラン・マサダ・死海_e0352641_09245622.jpg

そして、昨日に続き、また来た、ベングリオン空港。そしてこれはベングリオンさん。

イスラエル 2  〜 エリコ・クムラン・マサダ・死海_e0352641_09290460.jpg

相方と無事合流。
レンタカーを借りたら、パスコード入力の場所が分からん。
ひとしきりあたふたし、見つけました。
この緑の光ってるのが、パスコードを入力するところ。

イスラエル 2  〜 エリコ・クムラン・マサダ・死海_e0352641_09295391.jpg

携帯のナビアプリを見ながら、エリコまで。
左ハンドルに戸惑いながらも、何とかスタート。

イスラエル 2  〜 エリコ・クムラン・マサダ・死海_e0352641_09334881.jpg

着いたよ! 観光地だよ! エリコの遺跡ではコーランが聞こえてきて、ここはパレスチナ側なのだと思い知ります。そしてインド人観光客…。インド人に会うと、平和な感じがするのは何でだろう?

イスラエル 2  〜 エリコ・クムラン・マサダ・死海_e0352641_09344587.jpg

イスラエル 2  〜 エリコ・クムラン・マサダ・死海_e0352641_09351844.jpg

遺跡を見て、ケーブルカーに乗り、誘惑の山まで。誘惑の山(Mount of Temptation)はイエス・キリストが修行した岩山で悪魔から誘惑を受けたといわれる場所。ギリシャ正教の誘惑の修道院(Monastery of Temptation)があります。

イスラエル 2  〜 エリコ・クムラン・マサダ・死海_e0352641_09395294.jpg

イスラエル 2  〜 エリコ・クムラン・マサダ・死海_e0352641_09402096.jpg

ギリシャのメテオラと似てる。

イスラエル 2  〜 エリコ・クムラン・マサダ・死海_e0352641_09402864.jpg

岩山で修行って、日本の山岳信仰や、東南アジアの仏教僧みたい。なぜ、聖職者は岩で修行するのか?岩は神様が宿るから?(磐座とか)
しかし、砂漠は緑も無いし、太陽ギラギラで日差しが暑いです…。
空には雲ひとつなく、誘惑の修道院で日陰に入ってホッ。

イスラエル 2  〜 エリコ・クムラン・マサダ・死海_e0352641_09415980.jpg

イエスが悪魔に試みられた場所。

イスラエル 2  〜 エリコ・クムラン・マサダ・死海_e0352641_09444187.jpg

イスラエル 2  〜 エリコ・クムラン・マサダ・死海_e0352641_09453321.jpg

イスラエル 2  〜 エリコ・クムラン・マサダ・死海_e0352641_09454431.jpg

ここが、誘惑の山(海抜366m)の中腹とは思えない賑わいっぷり。
大草原の小さな家を思わせる、レトロな着こなしの白人観光客たちに、どこの宗派だろう?とひとしきり考える…。

イスラエル 2  〜 エリコ・クムラン・マサダ・死海_e0352641_09460346.jpg

イスラエル 2  〜 エリコ・クムラン・マサダ・死海_e0352641_09461064.jpg

40日間の断食修行…。最近は、ファスティングとか言って断食も健康志向の人々に人気があります。断食で色んな物がデトックスできるらしい。

イスラエル 2  〜 エリコ・クムラン・マサダ・死海_e0352641_09461940.jpg

石にイラスト書いて売ってました。
ザクロジュースPomegranate juice)を飲みました。
実家で作ったザクロジュースは具合が悪くなったのに、これは平気。なんでだろうか?

イスラエル 2  〜 エリコ・クムラン・マサダ・死海_e0352641_09463616.jpg

ケーブルカーを降りる時、鳥たちが舞っているのを眺めながら、やっと現地にいる実感が湧きました。仕事が忙しくて来れるかどうか不安だったけど、強行突破で何とかこれた。感謝、感謝。

イスラエル 2  〜 エリコ・クムラン・マサダ・死海_e0352641_09464793.jpg

お土産者屋でAHAVA(キブツがやってる死海コスメ)のショップも覗いてみたら、石けん1個1500円くらい。ネットの旅行記では700円くらいと書かれてたから、価格が倍になったっぽい。いつの間に?

エリコは他にも見所沢山ですが、今回は日数も少ないので、ハショります。
以前、シナイ山に登ったことがあるので、モーセ繋がりでナビ・ムーサにも行きたかったんですけど、太陽のギラギラに、思考回路もやられ、割とどうでもよくなります。

次は死海文書が発掘されたクムラン。昔、死海文書についての本を読んだ時は、秘境感満載だったけど、かなり観光地化されてます。説明ビデオのクムラン教団(エッセネ派)の格好が、山岳信仰の修験者そっくり!って思いました。もとは同じ物なんだろうな。これは来てみないと分からない実感かも。遺跡を通って、死海文書が発見されたという穴を眺められる場所へ。

イスラエル 2  〜 エリコ・クムラン・マサダ・死海_e0352641_09524525.jpg

死海文書(しかいぶんしょ、Dead Sea Scrolls)あるいは死海写本(しかいしゃほん)は1947年以降、死海の北西(ヨルダン川西岸地区)にある遺跡ヒルベト・クムラン(英語版) (Khirbet Qumran) 周辺で発見された972の写本群の総称。主にヘブライ語聖書(旧約聖書)と聖書関連の文書からなっている。
1946年の終わりから1947年の初めのいずれかの時期に、ベドウィンのターミレ族の羊飼いムハンマド・エッ・ディーブ(Muhammed edh-Dhib、「狼のムハンマド」の意)とその従兄弟が、ヒベルト・クムランと呼ばれる遺跡(遺跡自体は19世紀から知られていた)の近くの洞窟の中で、古代の巻物の入った壷を発見した。最初の発見に関しては、「子ヤギを追いかけていて、洞窟の中に石を投げ入れたところ、何かが割れる音がしたので入ってみた」などさまざまな逸話が語られるが、どこまでが真実かは、もはやわからない。


死海文書はヘブライ語聖書の最古の写本を含んでいて、宗教的にも歴史的にも大きな意味を持ち、第二神殿時代後期のユダヤ教の実情をうかがわせるものでもある。文書は大部分がヘブライ語で書かれており、二割ほどのアラム語文書と、ごくわずかなギリシア語文書およびアラム語の方言であるナバテア語の文書を含んでいる。多くは羊皮紙であるが、一部パピルスもある。文書の成立は内容および書体の分析と放射性炭素年代測定、質量分析法などから紀元前250年ごろから紀元70年の間と考えられている[2]。死海文書を記したグループ(以後、クムラン教団と呼ぶ)については、伝統的にエッセネ派と同定する意見が主流だが、エルサレムのサドカイ派の祭司たちが書いた、あるいは未知のユダヤ教内グループによって書かれたとする意見もある。

死海文書の内容は大きく分けて三つに分類することができる。第一は「ヘブライ語聖書(旧約聖書)正典本文」(全体の四割)、第二は「旧約聖書外典」と「偽典」とよばれる文書群(エノク書、ヨベル書、トビト記、シラ書などでユダヤ教の聖書正典としては受け入れられなかったもの、全体の三割)、第三に「宗団文書」と呼ばれるもので、クムラン教団の規則や儀式書、『戦いの書(英語版)』(1QM(オランダ語版)、1Q33、4Q285(オランダ語版)、11QSM)と呼ばれる書など(全体の三割)である。

…とか。死海文書の謎本をワクワクしながら読んだのが15年前。まさかココに来れるとは思ってなかったので、ひとしきり興奮。ただ、残念な事に内容はあんまり覚えてないという。


次は、マサダへ。クムランから結構離れてます。「マサダ」とはヘブライ語で「要塞」とか。
ココは、66年に勃発したローマ帝国とのユダヤ戦争でユダヤ人が立てこもり、集団自決した最後の場所。それからユダヤ人達は2000年近くさまよい続けることになったため、イスラエルが建国され、ユダヤ人がカナンの地に戻って来た今では、イスラエル国防軍の入隊式は、このマサダ頂上で行われ、国家への忠誠を誓うらしい。
ケーブルカーで登ります。歩いて登ってる人もいましたよ。

イスラエル 2  〜 エリコ・クムラン・マサダ・死海_e0352641_10023314.jpg

マサダの上にある模型。はじっこは、こんな感じに建物が建ってたらしい。山自体が戦艦っぽいですね。
ローマ軍は山の西側の崖を、二年がかりでそっくり埋めて陥落したんだとか。


イスラエル 2  〜 エリコ・クムラン・マサダ・死海_e0352641_10051851.jpg

マサダからの景色。

イスラエル 2  〜 エリコ・クムラン・マサダ・死海_e0352641_10054198.jpg

写本してるユダヤ教徒の姿も見学できます。

イスラエル 2  〜 エリコ・クムラン・マサダ・死海_e0352641_10085056.jpg

私はココで、南インドのオーロヴィルで気になったフラワー・オブ・ライフが見たかったのでした。



どれだー?と探したけど、見つからず…。
後々、撮った写真をよーく見たら、これだったのかも…。

イスラエル 2  〜 エリコ・クムラン・マサダ・死海_e0352641_10044260.jpg

フラワー・オブ・ライフを求めて、博物館にも入ってみましたよ。
人はいないし人形にビビるし暗いし、怖過ぎて前に進めず…。お化け屋敷みたいでした。
あんなにマネキンいなくてもいいよね。
結局、博物館のshopでフラワー・オブ・ライフを見つけ、購入。

イスラエル 2  〜 エリコ・クムラン・マサダ・死海_e0352641_10064051.jpg

マサダは見応えありました。で、間に合うのか?と急いでエンゲディ・スパに行ったら、もうクローズ!それでも諦めきれず、マサダ方面に戻り、死海で泳ぐため、エン・ボケックに車を飛ばしたのでした。
駐車場で着替え、やっとこさ死海にプカプカ浮いてみた。考えてみたら、明日は聖地エルサレムなので、一応、禊になります。

イスラエル 2  〜 エリコ・クムラン・マサダ・死海_e0352641_10095423.jpg

エン・ボケックはキレイなリゾートホテルが並んでおり、熱海か?と。
ホテルの向こうは砂漠の禿げ山という、不思議な光景で、月まで出てて幻想的。

イスラエル 2  〜 エリコ・クムラン・マサダ・死海_e0352641_10104604.jpg

落ちてた塩の塊を舐めたらしょっぱかった。お肌はツルツルに。

イスラエル 2  〜 エリコ・クムラン・マサダ・死海_e0352641_10070186.jpg

死海は塩分濃度が濃すぎるので、死海は20分以上入ると身体がピリピリしてくるとか。が、みなさん、そんなのおかまいなし。近くのショップで購入した死海の泥を塗りたくって泥パックしてました。砂漠の夕方は冷えるので、私は早めにギブ。
もともと海だったとこが湖になって、暑いからだんだん干上がって濃度が高くなったのか…と妄想。
この辺の地形も日本と同じように、ぎゅっと地球の圧を感じる特殊な場所っぽい。だから、色々あるのかも。

駐車場に戻ったら、車にヘブライ語で書かれた紙が貼られてて、ヘブライ語は読めないので売店で聞いたら、やっぱり駐車違反の紙だったらしく、止めたとこは無料駐車場じゃなかったと発覚。売店のおじさんが、罰金払うの?かわいそうにってジュースを奢ってくれました。
後日、空港でレンタカー会社に渡したら、ポリスに行けと言われ、空港のポリスで罰金3,000円くらいを払いました。

初日からなかなかハードだったけど、テルアビブまで戻り、なんとか駐車場を見つけて宿へ。(路上駐車はハードルが高い)
他の安宿には、サーフボードとかが立てかけてあったから、みんなテルアビブにはサーフィンしに来るのかも。


3日目に続きます。

by cookiecount | 2017-11-01 02:00 | 旅行